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松永謙一/Keniti MATSUNAGA
アーティストの現場より5
面相筆の独自描法で自然と人工過去と未来が混然一体となった世界を描く
Monthly Gallery Art Movie Vol.11

Full Ver.はこちらから https://youtu.be/KKKbaBtdcGs

 東京・世田谷区成城の松永謙一のアトリエの庭は、自然に自生したという電信柱より高い樹木が茂っている。そこで独り絵画制作に打ち込んでいる松永は1938年生まれ。この住宅地にハクビシンやアライグマが毎日やってくるため、一週間に一度は梯子を使って屋根に上って掃除をしているという。エネルギーを絶やさず絵に打ち込むために、食事に注意し、運動を欠かさない画家の日常を端的に表している一コマのように思えた。

 一万冊近い雑誌や本、6000にも及ぶ音楽のCDなどがぎっしりと詰まったアトリエは、制作された絵画もあちこちに置かれ、絵の制作に集中している空間を感じさせた。

 松永謙一は、長くサントリーの宣伝部でデザイナーとして働き、新聞や雑誌など多くの媒体にイラストなどを描いていた。日本宣伝美術協会への出品では受賞を重ね、実績を上げてきた。ただ、そうした中でも絵画への思いを抱いていた。初個展は20年前に行っている。

 絵画に対する思いを秘めていた自らの気持ちと同時に、日宣美で彼の出品作を見た美術評論家の日向あき子のアドバイスもあった。わざわざ松永のアトリエを訪ねてきて、絵を描いた方がいいと言いに来て、長時間話したという。まだ、絵画作品を発表していなかった松永の能力を見出していたのだろう。日向はすでに亡くなったが、松永はそれを遺言と受けとめた。

 多くの作品を観てきた画家は、オリジナルの表現を追求した。絵のアイデアは浮かぶと常にメモに残す。A4の紙を16等分した中に、さまざまなアイデアスケッチがメモされ、それは現在1万5000点あるという。白いキャンバスの前で、その中から何を描くか、きちんと考えてから制作を始めるという。

「大傑作が描けたら死んでもいい」という思いを抱き、食事や運動など生活に必要な時間以外は常に絵を描いているという松永は、強い意志を持って絵画を創造し続けている。